Claude codeをガンガンに使って、5年前の自分が作ったWebアプリを完成まで持って行き、それをQiitaの記事にしたわけだが・・・
ものすごく複雑な気持ちでこれを書いている。このシリーズは7回も続いたが、すべてClaude Codeがやったことだ。コードも記事もすべて任せた。一丁前にわかってる風に書いてるが、クロードさんがやったことで、もちろん自分の素の実力ではないし、出てきた技術や知識も身についてない。しかししかしだ。こうして成果・結果は出てる。この事実をどう消化したものか思い悩んでいる。私はただの業界未経験の素人で、プログラマーでもエンジニアでもない。そんな私ですら、AIの力を借りればここまでできる。それも含めての自分の実力なのか、そんなことを気にする必要はない、出した結果や成果がすべてなのか、いやいや0から自分でコードが書けてこそ本物なのか。確かに0から書けてこそとも思うが、自分の力だけでこのシリーズを完結できたかというと絶対できなかっただろうなという確信がある。バグったらどう直していいかわからず途方に暮れてやがて心折れて放置するのが容易に想像つくからだ。AIを使うとあまりにも効率が良すぎてどんどん差がつきすぎて、できなかったであろう自分と、現在のできてしまった自分との差に絶望すら感じてしまう。5年前にDjangoに真正面からがっぷり四つに組んで、ああでもないこうでもないと格闘して仕組みがわかって自分でコードが書けて上手く動いたときの喜びと手応え!その味を知ってしまっているだけに、成果を出したといってもこの味気なさに正直気持ちが萎えている。世の中のプログラマーやエンジニアはもうすでにAIでガンガンに仕事を進めてるんだろうが、このあたりどう感じているんだろうか。答えがないのもわかっちゃいるが、気持ちの折り合いがついてないしまだ開き直れない。と泣き言も記しておく。
というような泣き言をこれまたChatGPTに愚痴って慰めてもらい、今またアプリを作っている最中に感じたことを記録しておく。 Claude code からまたChatGPTに舞い戻った。なぜかと言えば、最近Codexがイイらしいと話題になっているからというひどくミーハーな理由だ。で、現在あるアプリをCodexとやりとりしながら開発中なんだが、フロントエンドのインターフェースを改善する段階に入った。使う客の立場になって、こうしてくれ、ああしてくれと細かく細かく指示をしてコードを書いてもらっていた。慣れてくるとタイピングも面倒くさくなって音声入力に移行し、自分とCodexとのピンポンラリーを続けるうちにめちゃくちゃ楽しくなってあっという間に深夜。正直、0から自分でコードを書かなきゃ、とかどうでもいいじゃん、結果が出たらいいじゃん、という感想。というのは、自分の頭の中にある、理想をどんどん形にしていくのが面白かったし、手応えがあったんだよね。インターフェースの改善はReactやCSSと睨めっこしながら、何度も何度も微調整を繰り返していい加減疲れて嫌になることが多いが、すべてAI任せだし、ひたすら自分の理想を追求できるという心地よさがあった。そうか、これがVibe Codingということなのかと腹落ちした。開発中はがんがんトークンを消費して中断せざるを得なかったので、即Proへとアップグレード。100$かかるが、正直その価値はある。自分で書くより圧倒的に早くコードが出来上がる。バグで心折れることもない。本当に時間を買っているようなものだ。そしてあっという間に結果が出る。自分はまだまだ未熟で無意識のうちにできないだろうと諦めていたことができるようになったのだ。そのことに興奮している。初めに書いてたことなど、鼻息で飛ぶ。いやぁ、ハイになってんなぁオレ。

