Bubbles in a pool

よどみに浮かぶうたかた

iPadを完成させるのはユーザーたちなんじゃない?

「新しいiPad」が発表され賛否両論聞こえてくる。曰く妥当な進化、曰く革新でない、などなど。PowerBook5300からのユーザーでApple大好きの自分は両方の言い分に納得できる。Retina液晶、LTE搭載、Siri搭載というのは妥当な進化。発表前日に書いた記事「iPad3発表前に - soh506 laugh life log」の条件をある程度満たしてくれているので、うっかり触っちゃったら買いそうだから、当分売り場には近寄らないつもり。

ただ厚くなっちゃったか重くなっちゃったかというのは残念。確かにスティーブ・ジョブズが生きていたらそんな妥協は許さなかったんじゃないかと思ってしまう。でもまぁiPadはデザインとして完成形まで至ってしまったわけで、後何年かは同じ状態が続くんだろう。1998年にiMacが発表されて2001年までずっと変わらないデザインだったし。変えようがないほど究極の形だった。たぶんiPadも同じだ。

これから大きく変化していくのはメーカーサイドで言えばiPadを支えるiCloudや無線通信やSiriだろうし、ユーザーサイドで言えばiPadを使ったライフスタイルやコミュニケーションやシステムなんだろう。ようやく使い方が馴染んでくるというか、デバイスに使い方が追いつくというか。パソコンが世の中に出てときは、当時の人々がこんなもんどう使えばいいのか何に使えるのかわからなかった。けれども今ではパソコンなしじゃやっていけない世の中になっている。ならiPadもこれから色んな使い方してようやくわかってくるはず。デバイスだけでは未完成。ユーザーたちが使い倒してこそ本当の姿が見えてくるんじゃないかと。

なんでね、iPad楽しみましょうよ。