Bubbles in a pool

よどみに浮かぶうたかた

MacBook Air とiPadってやっぱ比較するもんじゃないみたい

以前こんなエントリーを書いた。

MacBook AirとiPadを自分なりに比較してみる。買うべきか買わざるべきか。 - soh506 laugh life log
iPad + Apple Wireless Keyboard = 最強説 - soh506 laugh life log

で、今日こんな記事を読む。

iPadユーザーのMacBook Airへの憂鬱 #tapera [ t]

かつてMacBook AiriPadかと悩んで、iPadを選んだ自分が感じていること。

iPadを選んだ今でも、やっぱりMacBook Airを欲しい気持ちは正直ずっとあります。しかし後悔していない。なぜか。まぁ2007年版のMacBookも同時使用していて、ある程度こと足りているからなのかもしれませんが、iPadMacBook Airってやっぱり対立するモノではなく、補完するモノだとつくづく感じるからです。このブログにも書いているようにワタクシ、現在iPhoneのAppをつくろうと日々格闘してまして、最近こんな使い方を始めました。

  1. iPadで「C言語クイック入門&レファレンス」を購入。
  2. 左にiPad、右にMacBookを配置する。
  3. iPadでレファレンス見ながらMacBookでプログラミング。

これがですね、すこぶる便利なんです。だいたいパソコンの本というのはこれまでは分厚く重く扱いにくくの三重苦。それがiPadのおかげで薄いわ軽いわ検索自由だわマジ助かります。これだけでも買って良かったとつくづく思いました。そして他にも良かったなと思うことが。

iPadは単なるビューワーなのか、それとも?

1台だけで色んなことができるのは断然MacBook Airでしょう。これは間違いない。今まで使い慣れているパソコンという道具だし、キーボード・マウスというインターフェースにも慣れている。一方iPad。パソコンじゃないんだなと。iPadiPadなんだなと。タブレットになりマウスがなくなったというインターフェースの変化は、思った以上に意識に変化をもたらしているみたいで。キーボード・マウスを使って間接的に操作するのと違って、直接画面に触れて操作する行為は、より情報に対して積極的に能動的に関わっているような感覚が生じやすくなる。そして能動的に関わった分だけ、脳みそが刺激され、アイデアとか考えとか浮かびやすい、そんな風に感じました。私にとってiPadは、情報を自分にinputするための単なるビューワーではなく、自分のアイデアや考えをoutputしてガンガン記録する、そんな必要不可欠なツールになりつつあります。